アスパラSELECTION

アスパラ基礎知識

アスパラの歴史

【紀元前のアスパラ】

アスパラ歴史写真アスパラはもともと南ヨーロッパが原産国であり、その歴史は紀元前2000年ごろに始まりました。
この古代ギリシャ・ローマ時代では既に栽培されており、特別な食材として扱われていました。中世では痛風に効く薬草として重宝されていたようです。
さらに時代を遡って古代エジプト王朝の頃には、パラオン王達がアスパラを高級食材として食していた様子が壁画やフレスコ画に残されています。上流階級の人々しかアスパラを食べられなかったようですね。
当時はまだ細い茎の野生のアスパラを食べていたようで、現代のような太いアスパラが食べられるようになったのは紀元前200年ごろの事でした。

【日本への伝来】

日本へは1781年、江戸時代にオランダ人によって長崎に伝わってきました。 当時は「オランダキジカクシ」や「西洋ウド」などと呼ばれ、まだ食用ではなく、観賞用として栽培されていました。食用として栽培され始めたのは昭和30年代に入ってからの事です。

ホワイトアスパラ誕生

ホワイトアスパラ写真今から500年程昔の16世紀のことでした。 イタリアのとある村で、天災による被害の影響で農作物が全く取れなくなってしまった年がありました。
人々は飢饉に苦しみ、土の中の芋を探そうと地面を掘っていたときに、偶然出てきたのがホワイトアスパラガスでした。食べてみると、甘味を含んだみずみずしい味に人々は驚き、そのおいしさはヨーロッパ全土に広まって行きました・・・

と、いうのが有力な説です。

紫アスパラ誕生

アメリカで生まれて、日本に入ってきたのは約8年前です。
まだまだ栽培している農家は少なく、北海道でもごく少数の農家しか栽培しておりません。理由としては、栽培が難しく、グリーンアスパラに比べると、収穫量はその100分の1程度しか収穫できないとのことです。
そんな理由から「幻のアスパラ」とも呼ばれています。 ちなみに調理するときに茹ですぎると濃い緑色になります。 紫アスパラはグリーンアスパラやホワイトアスパラに比べて糖度やアントシアンの含有量が1.5倍程あり、栄養満点で生でも食べられます。 健康に良いという事から人気急上昇中です。

アスパラ発祥の地

アスパラ発祥写真1913年(大正2年)、薬種業をしていた下田喜久三という人が研究を始めました。
下田氏が試験的に外国からアスパラガスのタネを買い集めて交配を繰り返した結果、1922年(大正11年) 地元の北海道の岩内町の地域で自生していた「ホタルグサ」という草と外国のアスパラを交配させた「瑞洋」という名前の新しいアスパラガスの品種が出来上がりました。
その翌年から40ヘクタールもの土地の農場で栽培を始め、周りの農家にも栽培を勧めました。後に1924年には岩内町に「日本アスパラガス株式会社」が創立され、翌1925年にはホワイトアスパラの缶詰を生産する工場がつくられました。当時、「アスパラ」と言えばホワイトアスパラの缶詰の事で、外国から輸入された高価なものしかありませんでしたが、その中で日本アスパラガス社の缶詰は国外に向けて輸出できる程に評価が高くなっていきました。
一方、喜茂別町でも1929年(昭和4年)、羊蹄山で本格的に栽培が始められました。そして岩内町のようにアスパラガスを栽培する農家が増えていき、それから3年後の1932年(昭和7年)にアスパラガスの缶詰を生産するべく「朝日アスパラガス缶詰株式会社」という会社が設立されました。岩内町よりも喜茂別町の方が栽培に適していたので、喜茂別町のアスパラ栽培農家は徐々に増えていきました。 というわけで、岩内町が「アスパラガス発祥の地」、本格的に栽培されるようになった喜茂別町が「アスパラ揺籃の地」、と言われています。

アスパラの歴史